ボルボ、座席の歯形は残しておく 車修復のヒントは対話

榊原謙
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凄腕しごとにん

ボルボ・カー・ジャパン クラシックガレージ マネジャー 阿部昭男さん(58)

 かわいい丸目のヘッドライト。レトロなフロントグリル。かつての米国車を思わせる造形。スウェーデンの自動車メーカー、ボルボ・カーの122S(1970年式)は、ファンから「アマゾン」の愛称で呼ばれる往年の名車だ。

 2017年、この車が目の前に現れた。持ち主は、新車で買って以来、大切にしてきた90歳の男性。免許返納にあわせて愛車を手放すことにしたが、中古車として売れば、どんな扱いを受けるか分からない。「変な改造をされるのが、忍びなくてね」。そこでボルボ日本法人に、状態を整えて活用してほしいと託したのだった。

 古い車の所有者にとって、部品が生産終了になることも多い愛車の整備は、共通の課題だ。クラシックガレージは、そうしたファンらの声を受け、生産を終えたボルボ車の整備・修復を目的に16年にできた。国内では先駆けの一つだ。長年の整備経験や古い車への造詣(ぞうけい)の深さを見込まれ、開始当時から責任者を務める。

丸ごと交換せず、劣化した部品だけ

 実は自身もアマゾンに憧れて、輸入車の世界に入った口だ。社会人になってから約10年愛用。ドライブ中に路上で修理したこともある。再会に、懐かしさで胸が一杯になった。「深い縁を感じました」

 エンジンなどの基幹部分から内外装、タイヤの減り具合まで調べ上げた。燃料と空気を混ぜる、キャブレターという装置が劣化していた。丸ごと交換すれば早いが、分解して劣化した部品だけを本国スウェーデンから取り寄せ、組み戻した。「出荷当時の状態の再現を目指しました」。よみがえったアマゾンは今、クラシックガレージの仕事を利用客らに知ってもらうためのデモカーとして、第二の人生を送っている。

 依頼の多くは、持ち主が使い続ける前提での車のリフレッシュだ。状態を調べ上げ、1台ごとに修復計画を立案。専任整備士に具体的な作業を指示し、足りない部品はスウェーデンなどから調達する。社外の塗装業者らとの折衝も。特に、古い名車を流通市場に出しても通用する状態にまで仕上げる場合は、1台あたり平均200時間かかるという。

車は家族、キズにも思い出

 修復にあたり、特に大切にしているのが、依頼主との対話だ。

 あるステーションワゴンの修復を依頼された時のこと。ドアの内張りが傷んでいたため、4枚分の内張りの交換が必要と考えた。だが、依頼主の夫婦の話を注意深く聞くと、後部座席のドアの内張りの一部に、子どもが幼い頃にかじって付けた歯形が残っているという。懐かしそうに当時の思い出を語る姿を見て、内張りの交換は3枚分にとどめ、歯形はそのまま残した。

 「車は工業製品だけど、持ち主にとっては家族。キズひとつにも思い出がある。何でも直せばいいわけじゃない」

整備技術を次の世代へ

 若い頃、整備士の先輩から、古い車の修理やメンテナンスの技術と勘所をたたき込まれた。電子制御が当たり前の現代の車と違い、古い車は機械仕掛けがほとんど。「整備士の腕によって、エンジンの調子も変わってくる」ことを肌身で学んだ。

 だから今、若手の整備士には古い車のエンジンに空気が吸い込まれる音を聞かせて、良い状態の音を聞き分けられるように指導している。「高齢化で、街の整備工場は廃業が続く。古い車を長く走らせるための技術を、若い世代に伝えたい」(榊原謙)

初心に戻れるミニチュア

 職場の机には、約20年前にスウェーデンで買ったアマゾンのミニチュアを飾っている。運転席の窓側に付けられたサイドブレーキまで再現する精巧さだ。「この車が自分のルーツ」。眺める度に、初心に戻る。

車名を当てる保育園児

 筋金入りのクルマ好き。保育園児だった3~4歳のころから、地元の国道を行き交う車を見て、「トヨタ・コロナ」「カローラ」などと車名を言い当てられた。昔から変わらぬ趣味は、休日のドライブ。今の愛車、ボルボのワゴン「V70」に愛犬のポメラニアンを乗せ、自宅のある横浜から鎌倉や三浦半島へ向かう時間が至福という。

 あべ・あきお 1962年、宮城県気仙沼市生まれ。自動車整備士の資格を取り、85年に前身となる自動車輸入・販売会社に入社。整備や検査の担当を経て、品質管理やアフターセールス、販売店店長なども経験した。

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